2008年06月04日

大切なのは彩り

 建築、とりわけ住宅は、料理に例えることができるかもしれません。

 料理では、まず素材が大事なのはいうまでもありません。産地や鮮度を基準に選ぶことになります。次に来るのが味付けです。つまり素材をどう料理するかです。同じ素材でも、味付けによってまったく別の料理になります。できれば化学調味料を使わずに、材料の持ち味を生かした味付けにしたいというのは誰もが思うことでしょう。材料の持ち味を生かした料理というのは、新鮮な素材あってのことです。素材と味付けは、相互に影響し合っています。

 でも素材と味付けだけで料理が完成するのではありません。材料の切り方や、盛り付けなどの「彩り」の部分が大切です。彩りは味そのものではありませんが、彩りあってこそ料理をおいしく感じることができます。そういう意味では、彩りは味わいの一部だといっても良いでしょう。

 住宅についても、「素材・味付け・彩り」について同じことが言えます。

 素材は、もちろん使われる材料のことです。柱など構造体に使う木や鉄骨あるいはコンクリート、仕上げの木の板やタイルあるいはクロス等、これらは材料です。これらを組み合わせて住宅が出来上がるのですが、その組み合わせ方は味付けに属すると言えるでしょう。単に並べればいいというわけではなく、住む人の生活に合わせた機能的な配置が求められます。

 しかし、どんなに高級な材料を使われていても、生活に必要な機能が満たされているとしても、それだけ住宅として成り立つというのではありません。ここでも大切なのは「彩り」です。つまりはデザインの領域です。一見機能とは無関係に見えるデザインであっても、それが住む人の心を豊かにする力を持つこともあるのです。機能を満たすことはもちろん大事です。でもデザインの役割はそれだけではありません。人々の潜在意識に働きかける力こそがデザインなのです。

 もちろん、いい素材を使い、それを生かして使いやすい住宅をデザインをするというのが基本です。でもそのデザインは機械的に導き出されるようなものではなく、建築主と建築家との対話の中で、インスピレーションとして生まれるものだと思います。

2008年05月06日

佐川美術館

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 滋賀県守山市にある佐川美術館では、美術館の開館10周年企画として「小磯良平と佐藤忠良展」が開催されています。

 小磯は油彩による肖像画、佐藤はブロンズによる人物像が展示されていました。これらを見ていると、第二次大戦をはさんだ時期の時代の空気が伝わってくるような気がします。もちろん私はその時期を直に知っているわけではありません。でも彼らの絵や彫刻には、その時代の典型的な人物の捉えかたが示されているように思うのです。明治や大正の頃のような、様式的に構えたようなところはありません。かといって、現代美術のような新しい試みが見られるわけでもなく、あくまで写実に留まっています。そうした描写がなぜかしら「自然に」感じられてしまうのです。

 肖像画や人物像の美は、どうやって判断されるのでしょうか。というよりは、モデルとなる人間の美はどうやって判断されるのでしょうか。実際そのモデルと話をしてみれば、視覚以外の判断基準に頼ることもできるでしょう。しかし入ってくる情報を視覚に限定すれば、美はビジュアルなものとして受入れられ、また表現されなければならないことになります。

 そもそもあるモデルを見たとき、その受け止め方は、見た人の数だけあるのではないでしょうか。輪郭は三次元座標で表現できますし、色彩も物理的に確定可能です。しかしそれが意味として受容される仕方には共通の方法はないように思われます。同じ物や人物を見ていても、実は隣の人はまったく別の受け止め方をしているのかもしれないのです。

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 画家が受容し、表現した内容にしても、事情は同じです。それがモデルの客観的な表現である保証はどこにもありません。モデルの内面を客観化できる手法などありません。ましてや画家や彫刻家がいったん受け止めて表現したものに、もともとのリアリティーを求めるというのは、原理的に不可能です。

 ここで、ではなぜ彼らの作品にその時代の空気を読み取れるのかという、最初の設問に戻るわけです。表現はしょせんは虚構にすぎません。しかし虚構として表現されてはじめて、モデルは意味を持ちます。虚構無しでは、人々のものの受け止め方はバラバラで、意志の疏通もままならないでしょう。ましてや芸術が成立するはずもありません。芸術とは、虚構を指すのだと思います。もちろん素材やモデルと無関係にその虚構があるわけでありませんが、素材だけでは成り立ちません。

 そして虚構はいったん成立すると、あたかも昔からそうであったようにふるまい始めます。小磯や佐藤の絵画や彫刻が、ある時期を表象しているかに見えるのはそのためです。必要なのは、虚構がもつリアリティーに対して、常に意識的であるような態度でしょう。しょせんは虚構であり、何の根拠もありません。しかしそうであるが故に、逆にリアリティーを獲得するという構造になっているのです。

2008年04月26日

土地の記憶

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スメタナの交響詩『わが祖国』のピアノ連弾版全曲演奏会を昨日聴きに行きました。同じ演奏者による第2曲「ヴルタヴァ(モルダウ)」を以前聴いたことがあり、この機会に全6曲をぜひ聴いてみたいと思ったからです。

「わが祖国」は、スメタナの故国チェコを指しています。20世紀になるまで、チェコはドイツやオーストリアの支配下にありました。ドイツ語が公用語となり、文化的にもドイツ語圏への同化が進行して行きます。そうした状況下で、自分達の民族的なアイデンティティーを守るために、芸術家が立ち上がります。彼らは「国民学派」と呼ばれます。スメタナはその代表的な人物です。

スメタナは、民族の独立を直接的な形で表現したわけではありません。「わが祖国」は風景の描写に徹していますし、スメタナ自身もこの曲を風景の描写としてしか解説していません。しかしそれが逆に民族の固有性を浮かびあがらせます。分断された個人が民族として共有できるものを探し求めるとき、まず最初に来るのは言語でしょう。しかし、言語は表現されるべき対象と切り離すことはできません。つまりその言語で何を語るべきかが次に問われることになるわけです。言葉が政治性を帯びる以前に、まず共有できる価値観を見定める必要があります。そうして突き詰めて行った結果残るのは、言語によってその土地を記憶に残すという作業ではないでしょうか。つまり民族性を根底において支えるのは、土地の記憶なのではないかと思うのです。

長調と単調との交錯や、不思議な響き、民謡から題材を取ったフレーズが現れるとはいえ、スメタナがそれだけを頼りに民族性を主張しているのではないということに注目する必要があります。音楽としての完成度があってはじめて、そうした素材も生きてきます。当時音楽の完成度を図る標準は、やはりドイツ文化なのでしょう。いったんそのドイツ文化を枠組みとして受け入れた上で、それでも消し去ることのできない固有性がにじみでてくるような構成になっているわけです。ですから、歴史的な文脈なしで聴いた場合でも、この曲を完成度の高い曲として聴くことができます。そうした前提にチェコの土地の記憶が加わった時、はじめてそれが民族として共有できる財産となるのでしょう。

民族固有の価値というのは、むしろいったん普遍性を目指すものの中にこそ見出されるのではないかと思います。そうした中で見出された固有の価値が、逆に枠組み自体を相対化し、異なる価値観の間での交流を促すのではないでしょうか。逆に普遍性への志向なしでの民族性の主張は、京都迎賓館を例に上げるまでもなく、茶番に終わるしかありません。

2008年04月01日

今年の桜

今年は、関東の方が桜の開花が早かったようですが、京都でも今週中に満開になることでしょう。

京都市内でも、開花に地域差があるような気もします。最初の3枚は右京区で撮ったもの。他は山科区です。品種の違いもあるのかもしれませんが、右京区の桜のほうが全般的に開花が進んでいるように見えます。

2008年03月19日

『有栖川の朝』

 数年前に、皇族の名前を使って結婚披露宴を開き、ご祝儀を手に入れようとした「詐欺事件」がありました。この披露宴に出席した人たちも、おそらく納得ずくのことだったでしょうし、被害額もそれほどではないので、これを詐欺事件として立件するのもどうかなとは思いますが、それはともかくここでは詐欺事件ということにしておきます。

 久世光彦の『有栖川の朝』は、この詐欺事件を題材にした小説です。有栖川は、京都市右京区を流れる川で、桂川に合流します。詐欺事件の主人公の一人(新郎の役)がこのあたりの出身だという設定になっています。

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 新郎役、新婦役、そして計画の首謀者の女性、この三人が主人公ですが、彼らに共通するのは、居場所のない人たちだということです。地位もなく、安定して住む場所すらない、そこにいるにも関わらず社会的には「見えない」人たちです。それに対して、彼らが成りすまそうとした有栖川宮をはじめとする皇族というのは、地位が保証され、誰の目からも常に見えるような場所にいる人たちです。いわば社会的に両極に位置します。

 高度成長は、人々に居場所を与え、社会を平準化したはずでした。正社員という地位、マイホームという場所、そして家族という精神的な支え。しかしそうした枠組からこぼれ落ちた人たちも厳然としているわけで、それが無一文からのし上がるサクセスストーリーを生むことにもなり、逆に社会への不満が犯罪という形で表現されることにもなるわけです。

 主人公たちは、無から有への飛躍を実行しようとしたかに見えます。しかし彼らは、有栖川宮の地位が本当の目的だったわけではありません。お金が目的だったことは確かですが、その金を現在の境遇から抜け出すために使おうとしているようには見えません。彼らと、彼らが僭称した皇族との間には、圧倒的な距離があり、その距離がこの詐欺事件を成立させる条件であるにも関わらず、彼らは結果として得られるものには無頓着なようです。かといって社会への復讐として事件を起こしたというのも当たらないでしょう。

 地位や名誉や財産といったものは、既に相対化されています。そんなものに価値は置かれていません。動機として残るのは、演じている自分たちの、その瞬間ごとのリアリティーではないでしょうか。人間の価値を決めるのは地位やお金ではないときれいごとをいっても、結局はその価値基準で世界は動いています。だからその裏返しである犯罪においても、お金を得ることで犯罪者は自分の存在を確認したいわけです。しかし、この小説では、こうした既存の価値基準があっさりと否定されています。安定した場所に永遠にたどりつけない宙づりの状況にこそ、リアリティーを見出しているともいえます。

 「見えない」存在である彼らは、既に安定した居場所のある人からは永遠に見えないままです。つまり「動機」などわかるはずがありません。しかし「見えない」ことは、そのまま無秩序を意味するわけではなく、無価値でもありません。逆に、「人生はすべて配役の問題である」という首謀者の言葉は、そこに積極的な秩序があることを示しています。見えないものにこそリアリティーがある、それは『博士の愛した数式』で描かれた数学の世界にも似ています。

2008年03月13日

もてなしとは

 先日の京都迎賓館見学会に先立って、講演会がありました。講師は、京都工芸繊維大学名誉教授の中村昌生氏、野村美術館学芸部長の谷晃氏、瓢亭第14代当主の高橋英一氏。テーマは「もてなしについて」。迎賓館が外国要人をもてなすための施設であることから選ばれたテーマです。日本らしい、あるいは京都らしいもてなしとは何かを考えていこうという趣旨です。

 興味深かったのは、高橋氏が紹介した次のようなエピソードです。

   ヘルシーだということもあり、世界中で日本料理がブームに
   なっている。しかしニューヨークのレストランで出される日
   本料理は、日本の日本料理とは全然違う。味付けは濃くて、
   アメリカ人好みになっている。もし日本の味付けをそのまま
   出したら、おいしいとは思ってくれない。しかし、アメリカ
   人などが日本に来たとき、日本のそのままの味付けで出して
   もおいしいと言ってくれる。

彼らが日本に来たときだけお世辞を言っているのではないでしょう。どちらも本心なのだと思います。おいしさといった場合、目の前にある料理だけが問題ではなく、それが出される場(フィールド)が重要な役割を果たすということなのでしょう。

 場というのは、日本とアメリカという地理的な違いのことではなく、もてなす側ともてなされる側という立場の違いのことです。異なった場に置かれることで、味覚という主観的なものまでも変わってきてしまうということ、ここに「もてなし」の秘密があるのではないかと思います。

 もてなす側に、もてなすための安定した基盤があること、もてなされる側にも、異なる文化を異なるままに受け入れる基盤があることが、もてなしが成立するための条件と言えるかもしれません。箸の使いかたが間違っているとか、味付けが薄いとか、相手のあら捜しをしはじめたら、きりがないし、もてなしなど成立するはずもありません。感じかたというのはしょせんは主観だとはいえ、お互いが自分たちの属する文化の価値をあらかじめ知っているというのが、いわゆる大人の対応が取れるための条件なのでしょう。自分たちの文化に対する自信と言い換えてもいいかもしれません。そうした文化の価値を確認するためにも、迎賓館という「器」の建設が必要だったのでしょう。

 でも裏返せば、自分たちの文化の根拠を、はるか昔の様式にしか求められないということは、現在のアイデンティティーの危機でもあるのですが。

2008年03月11日

京都迎賓館

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 京都迎賓館の見学会に行ってきました。午前中は、迎賓館建設に関わった人たちの講演会、そして午後が見学会でした。

 講演会でも言われていましたが、伝統の継承ということが、京都迎賓館のテーマでした。立地が京都だから伝統がテーマになるというよりは、伝統の継承というテーマが先にあり、それを実現するのに適した場所として京都が選ばれたというのが実情のようです。はっきり言ってしまえば、京都に既にある歴史的な文脈を、テーマの実現のために利用しようということです。

 既に何百年もそこに建っていた建築物は、否定できない伝統を持っています。デザインとして良いか悪いかの問題ではなく、ずっとそこにありつづけてきたという事実を、伝統として追認せざるをえないわけです。それに対して、新しく物をつくるという行為には、出来た建物が評価されるという保証がありません。一定の評価を受ければ、その先何十年かあるいは何百年かそこに建ちつづけ、新たな伝統となっていくでしょう。逆に、評価されなかったならば、伝統を語る文脈から脱落し、その建物が壊された時点で、人々の記憶からも消えていくでしょう。

 まわりを歴史的な物が取り囲んでいるといっても、京都迎賓館の建物自体は新築ですから、あらかじめ伝統の継承が保証されているわけではありません。ですから、伝統を継承するためには、そのための戦略が必要になります。京都迎賓館の評価というとき、個々の部分の評価にとどまることはできません。この戦略自体を議論の俎上に載せる必要があります。

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 その戦略とはなんだったのか。それは現在の京都の景観条例に通じるものがあります。「形から入る」ということです。触覚とか嗅覚とかもありますが、基本的には視覚から入る情報で建築や街並みを私たちは判断しています。ということは、見た目が同じなら、そこから得られる判断も同じになるはずです。京都の景観条例の根幹にあるのは、この見た目の維持という考え方です。構造が木造でなくても、見た目が町家ならそれでいいわけです。

 京都迎賓館の構造は、もちろん木造ではありません。鉄筋コンクリート造や鉄骨造です。表面に木を張るなどして木造に見せかけています。しかしこれを捉えて、ただちに偽物だという言いかたはできないと思います。そうした情報を知らなければ、その人自身が見た目で判断するしかないのですから、重要なのは見た目ということになります。むしろ、構造と表現を切り離すことで、部分のデザインを自由にできるというメリットもあります。

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 テーマは日本の伝統の継承です。部分のデザインでは、歴史的な建物から抽出されたディテールが使われています。材料には一流の物が使われ、それを一流の職人が加工しています。壁画や調度品にも、もちろん伝統工芸の職人技がつぎこまれています。これで見映えがしないはずがありません。しかし、映像で見るのと、実際に見るのとでは全然印象が違うのです。部分ごとに見ていけばもちろん素晴らしいのですが、空間として体験したときには、全然和風でもないし、伝統が継承されているようには思えません。はっきりいえばオーラがないのです。新築の建物に、何百年もそこに建ち続けてきた建物が発するようなオーラを求めるのは酷かもしれません。しかし、京都迎賓館の場合には、何百億という金をつぎこんででも、そのオーラが実現したかったはずなのです。それと、新築だからオーラがないというのは言い訳にすぎません。新築でも、入ったとたんに、何か凄味を感知させる建築というのはあります。

 京都迎賓館の場合、おそらくは伝統というものの抽出の仕方が間違っているということなのです。精神は形を通してしか表現されないのですから、伝統的なものから形を抽出してくるしかないのですが、その抽出されたものが、ことごとく的をはずしていたということなのでしょう。

2008年02月03日

家族構成

 1995年のデータ(厚生白書平成10年度版)では、全世帯に占める核家族世帯の割合は58.7%です。ただしここでの核家族世帯は、夫婦のみの場合や片親と子供からなる世帯も含んでいるので、夫婦プラス子供という狭義の核家族(以下核家族は狭義の方を使います)を取り出せば、パーセンテージは34.3%になります。一方で単独世帯は、全世帯に対して25.6%を占めています。傾向としては、核家族世帯は減少、単独世帯は増加なので、新しいデータを取り直せば、核家族世帯と単独世帯との差はもっと少なくなるでしょう。単独世帯には単身赴任者も含まれますが、目立って増えているのは、未婚者と高齢単身者です。

 住宅を設計するには、家族構成をまず想定しますが、そのときに無意識に思い浮かべてしまうのが、夫婦と子供からなる核家族です。あたかも核家族が標準で、他の家族構成はそれからの派生であるかのように考えがちです。例えば、単身者が住むワンルーム・マンションは、あくまで仮住まいであり、夫婦のみの世帯は、子供が生れるまでの過渡期である、というように。そこでは、あたかも結婚して子供を育てるのが最終目的であるかのようです。しかし結婚しない人は増えていますし、子供を持たない夫婦も増えています。老後を家族の世話にならずに過ごしたいという人も増えています。最近読んだいくつかの本では、パーセンテージとしては3割程度しかない核家族のための住宅が、あたかも住宅の標準タイプとして流通するのはおかしいのではないかと指摘されていました。確かに家族構成が多様化しているのに、供給される住宅は画一的なパターンに陥っています。

 画一的なパターンというのは、LDKと夫婦の寝室それに子供の数と同数の個室からなる住宅のイメージです。nLDKタイプ(nは個室の数)と呼ばれます。このパターンに従えば、設計は確かに楽ですし、住宅産業やマンション業者にしても、住戸タイプを絞り込めるのでメリットがあります。そのために、もはや現実の家族構成にそぐわないと誰もが気づきつつも、形式は踏襲されていくのです。

 核家族というのは、戦前のような家制度から自由になるためには大きな役割があったと思いますが、現時点ではその役割を終えつつあります。家族の問題というのは、建築家が立ち入りにくい領域ではありますが、でもやはり避けては通れない問題です。家族構成の多様化に対応して、どのような住居形式がふさわしいのか、原点に帰って考える必要があります。

2008年01月27日

見えない職業

 イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』という小説があります。小説の主人公はマルコ・ポーロで、世界中の珍しい都市の様相を、フビライ汗に語って聞かせるという内容です。そこで語られる都市は、現実世界と寓話的な接点を持ちつつも、現実にはありそうもないような都市です。しかしありそうもないというのは、その都市を見たこともない私たちの勝手な思い込みかも知れず、真偽は判定不可能です。確かなことは、文字によって何か都市らしきものが描写されているということだけです。実体が見えないままでも、言葉によって何らかのイメージはそこに現れてきます。

 「見えない都市」からの類推で、「見えない職業」というのもあるのかなとふと思いました。真っ先にこの範疇に入るのは、建築家です。建築物が建った時、そこに実物があるということは、それを造った人々がいるということです。それが職人であることは疑いようがありません。だから職人は「見える職業」です。それと建築にお金を出す人、すなわち建築主がいなくては建築物は建ちません。その意味では、建築主も「見える」と言えます。

 これらの「見える職業」に対して、その間に介在する設計という行為は、想像力を駆使しない限り見えてきません。通常は「見えない職業」なのです。表現されたデザインは、建築主の要望です。物としての良し悪しは、職人の腕に掛かっています。設計という行為は、入り込む余地がないか、あるいは建築主や職人の仕事に付随する行為としてしか捉えられていません。

 建築の専門雑誌を別にすれば、新しくできた建築物がメディアに載る場合に、設計者の名前が記載されることは稀です。このことからも、建築家の置かれた位置をうかがい知ることができます。とくに日本の場合には、大工が設計から工事まですべて行なうという慣習があるため、設計という行為の独立性が見えにくくなっています。

 たしかに建築家なしでも建築物は建ちます。では設計という行為は不要なのでしょうか。建築家は虚業なのでしょうか。

 見えるものだけしか信じないというのであれば、「見えない職業」である建築家など不要でしょう。しかしカルヴィーノの『見えない都市』がそうであるように、見えない部分にこそ想像力が働く余地があります。今ここにあるものとは別の可能性を考えられるのが、建築家という職業なのだと私は思います。

2008年01月16日

鉄骨ALC住宅プロトタイプ3

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設計にあたって、3つの条件を設定しました。

1.ソリッドな材料を使う
2.環境負荷の低減
3.ガレージを取り込む

下地を組んでおいて、そこにボード(板)を両側から張るというつくり方が、現在の建築では主流です。外壁も内壁も、中は空洞です。その空洞部分に断熱材を入れたりします。比較的自由な造形ができるというメリットがありますし、建物を軽くできるというメリットもあります。しかし、質感はあくまで表層だけの質感にとどまります。中味は詰まっていないのですから。

ソリッドな材料だけで建築を構成できないだろうかといつも考えています。選んだ材料は、鉄骨とALC(軽量コンクリートパネル)、それにコンクリートです。安価な材料であっても、ソリッドなものには存在感があります。

夏の太陽は高い位置に来ますし、冬の太陽は低い軌道を描きます。ですから適度な庇の出は、夏の日射を遮り、冬には日射を室内に取り入れるという役割を果たします。こうした効果を生かすため、周囲に1m程の庇を巡らせています。また庇があるほうが、雨仕舞の上でも有利です。

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1階をガレージにした住宅のプロトタイプを考えてみました。問題は玄関との関係をどうするかです。ガレージの奥にあるのは勝手口で、玄関は左の階段を上がった2階レベルに設けています。玄関をできるだけオープンな形にしたかったので、このようにしています。帰って来て、直接ダイニングの方に行きたい場合には、勝手口から入るのが最短距離になります。しかし住宅プランにおいては、最短距離が常にベストとは限りません。一度階段で玄関まで上り、また屋内の階段でダイニングに下りるというルートをたどることで、空間の変化を体験でき、その住宅がより親密に見えてくるはずです。

内部はスキップフロアのワンルームです。ガレージの上がリビング。階段を下りると、ダイニングキッチンとベッドを置いたコーナーがあります。天井の高さは、リビングで2.5m、他の部分で4.5mあります。道路側から奥の庭側に、視線と風が通るようになっています。

これ以前のエントリーは、アーカイブページにあります。


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